お侍様 小劇場
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   “とある真夏のサプライズ♪” 〜寵猫抄より


       




 お盆を迎えた首都圏近郊のお屋敷町にて、前代未聞の騒動が人知れず起きかかっていることを一体誰が知るだろか。

 “誰も知らんからこそ“人知れずの事態”じゃあないのか?”

 お、存外 冷静なツッコミをなさいますな。そんな中、唯一 気づいてしまったがため、見過ごす訳にもいかぬと大焦りの渦中にあるお人のくせに。

 “お主にだけは言われとうないわっ!”

 はいはい、すんません。
(汗) MCはこのくらいにして本筋に戻りましょう。今年はまた格別な酷暑となった盛夏にて、そろそろお盆も近づくという八月半ば。ここもまた熱帯夜だった蒸し暑い更夜を越え、息をひそめるようにして新しい朝を迎えた閑静なお屋敷町だったのだが。

 『………。』

 太古に比すれば随分と感応の鈍ってしまった人の和子には、もはやなかなか拾えぬ とある気配。瑞兆とは真逆な禍々しいばかりの悪意の塊が、夜に終焉を迎えさす、黎明の兆しを呪ってか、むくりとその身をもたげる気配が、遠く彼方の空から聞こえて来て。夢見心地な中にて一応は察知したものの、その方向を割り出したと同時、ああそちらなら自分が繰り出さずとも善しとの安堵を覚えた、黒髪痩躯の大妖狩り殿。怠けるつもりじゃあなく、ただ、辿り着いた頃合いにはもはや滅殺されていようからと、その身をやつした年若い黒猫の姿のまま、起き出さなかったまでだったのだが、

 『 、……っ!』

 再びとろとろと微睡みの中にもぐり込もうとしかかった彼の意識を、景気よくも蹴飛ばしてくれたのが。選りにも選って同輩殿の、しかもとんでもなく勢いづいてた飛翔の気配であったとは。

 《 何であやつはこうも…。》

 手掛けては不味いことへばかり積極的に手を出し、関わる必要のないことへご丁寧に飛び出してくれるのだろか。しかも、毎度毎度“いい加減にせんか”と事態収拾後に怒鳴っても叱っても ちいとも学習せんところから察するに、どうやら“無意識に”らしいと来ては始末に負えぬ。どんな大規模な乱戦の只中へ飛び込んでも、それは的確な太刀ばたらきを…呼吸も乱さず汗ひとつかかずにこなす男が。光の結晶を丁寧に紡いだような金の髪や白い頬のどこにも、一点の濁りも染みもつけぬまま、法外な流血沙汰を掻いくぐってしまえる男が、

 《 あのような遠く、しかも着いた途端に標的を見失うことだろに。》

 あちらには凄腕の大妖狩りがいると何度も言って聞かせた。だから、辿り着いたころには全てが終わっていると、間に合いはしないという道理は飲み込んでいるはずだろに。それに、彼にとっての最も優先されるものは、島田家の家人たちに他ならぬ。それを放って飛び出してゆくなんて、本末転倒もいいところ。仔猫の姿でいて家人らにつけられたのだろう“首輪”をそのままにしているところといい、十中八九、寝ぼけたまんま反射的に飛び出した彼であろうと思われて。

 《 ちいぃぃっ。》

 そしてそして、どうして自分は そんな彼を放っておけないのだろうか…という点は、考えるだけ時間の無駄だと、随分と以前に結論が出たので、今ではもう溜息ひとつで相殺されてしまうらしいところが、合理的…というか諦めがよすぎるというか。
(苦笑)

 “何しろ、気が遠くなるほど長い腐れ縁だからな。”

 陽界を隙あらば乗っ取ろうと構える陰の負力が肥大しすぎぬよう。大妖を片っ端から滅する存在というものが、この陽界には こそりと数多
(あまた)いて。色々な成り立ちの存在がある中、月夜見の御力を授かって生じた彼らは、常にその身を人の子らが性懲りもなく起こす戦さ場に置いていたものだった。それはそれは大昔の、直接衝突がそのまま両軍の雌雄を決した原始的な戦さ場から、近年に勃発した世界的規模の大戦に至るまで。権勢がらみの戦局には関心はない。人の欲望や怨嗟の濃縮された澱から生じた蟲妖や大妖が、自身の係累をばら撒かぬよう。時としてそういうものに憑かれた人をも斬ることを辞さず。相対す軍勢の片やの陣営の中へと紛れ込み、人心惑わす妖かしとなって暗躍する輩を滅するのが務め。同類の邪妖狩りは他にもいたが、いつの間にやら兵庫が常に行動を共にするようになっていたのが、あの久蔵という変わり者。あくまでも人の和子らに感づかれぬようという大原則の下、軽やかに宙を舞い、どんな戦局へも対応出来ることから、別名“紅死蝶”とまで呼ばれている強わものだが。そういう突出したところがあることへの相殺か、一般的な常識にとことん疎く、しかもしかもいつまで経っても是正されないのは…もしやして近年はやりの“天然”というやつなのか。

 《 ……………。》

 何が腹立たしいといって、何でもないときほどボケまくりの困った奴だのに、彼らの本性を発揮する正念場、一瞬たりとも気を抜けぬ乱戦激戦の只中において、彼以上の練達を見たことがないということで。月の無慈悲なまでの冴えと、雪の凍るような冷ややかさと、そんな二つの冷徹を象徴している、二振り一対の太刀を得物としている双刀使い。振るった刃の軌跡が音もなく闇を生み出し、そこへと否応無く吸い寄せられた魂たちが、おのが鮮血で華麗な牡丹花を咲かせる修羅の図の、真ん中に立つ彼だけが、真白なままに輝く底知れない恐ろしさよ。こうまで恐ろしい地獄絵は他の誰にも描けはしなかろに、そうまでの練達が、とある戦さからこっち、妙なことへとこだわるようになった。途轍もない威勢を放つ邪妖を討たんと構える戦さにて、必ずと言っていいほどに、彼を庇って命落とす存在がある。死胡蝶の技もて敵の大将へと詰め寄り、少数精鋭にて臨んだ最終戦線にて。敵将の欲望に巣喰う蟲妖を討たんとする久蔵を庇って、若しくは庇った連れ合いを守ろうとして、片やが必ず落命してしまう巡り合わせの存在があり。こたびの現世でもそんな彼らに出会った彼は、平穏無事な国や世情の日之本であるにも関わらず、姿を変え、存在の放つ威勢を封じてまでも、彼らを護り切ろうとその傍から離れたがらないでいるものだから。結果、それへまで兵庫もまた付き合うこととなっている現今なのであり。

 《 ……せめて、あの大ボケだけでも何とかならぬものだろか。》

 目に見える諍いも戦もなく、あまりに平和が過ぎるかといや、妖かしの出没だけを見るに、実はそうでもない国であり風土でもあって。猫が生きにくいほど暇でもない日々を送っているそんな中、ご丁寧にまたぞろ問題行動を朝っぱらから起こして下さった同輩殿を、風を撒いての一直線に、追跡中の兵庫殿。飛び出しかかったその出端を挫いて下さった雪乃殿へは、今日は不機嫌なので呼ばれても寄りませぬという、つれない黒猫の影が見えるよう、暗示をかけておいたのだが、

 『そうなの、じゃあ時々は呼びかけないといけないのかしら。』
 『〜〜〜〜っ☆』

 やっぱり相変わらずの、謎のお言葉を下さって。気をつけてねと頭を撫でてから、すたすたと居間の方へ去っていかれたのだけれども。

 《 〜〜〜〜。》

 複雑な心境抱えたままにて、亜空間を乗り継ぎながらという大急ぎ、何とか兵庫が辿り着いたのは。自分たちが足場にしている町よりもずんと東にある、こちらもごくごく平凡な住宅街にその軒を連ねる、二階家の一般住宅で。着いた途端に目標を見失ったことからの困惑からか、久蔵自身までもが、その姿を日頃の封印下の存在へと戻してしまったらしく。気配が縮んでしまって探査に手間がかかった分、ますますのこと出遅れて。そんな中、いきなりぶわっと膨らんだ大きな存在感の主、殺気まで帯びていた物騒さへ、待て待て待て待てと念仏のように唱えつつ、勇んで飛び込んだのとすれ違ったも同然、ほんの紙一重の差で、そこから飛び出してったばかりと判ったのが、今さっき。意味のないところで、どうしてそうも全力であたれるかと呆れてのこと。空振りした空間にて、項垂れもって はぁあと吐息を零しておれば、

 「…さっきののマスコットか、それともお目付役かな?」

 頭の上から、そんな声が降って来た。はい?とそちらを振り仰げば。ダークブロンドに青い目の、チョークストライプの利いたシャツ姿の男が、こちらの猫という大きさや目線に合わせてくれてだろう、ひょいと屈み込みながらそんなお言いようをして下さって。

 「サンジ、それって“魔女っ子もの”のお約束では?」
 「おうよ、何かそんな感じだったじゃねぇか、封が解けたあの御仁。」

 少女まんがに無理なく出られそうな、そりゃあ軽やかな二枚目だったぞ? おいおいサンジ、何か悪いもん食ったんか? 男を褒めるなんてありえねぇ…とかどうとか。お気楽そうな会話をおっ始める、そちら様も置いてけぼりを食ったらしい彼らだったのへ、

 《 〜〜〜〜〜。》

 何だか無性に腹が立って来て、人前ではやっちゃあいかん最大禁忌をつい、破ってしまったのは……この場合、一体 誰のせいだろか。

 「誰ぁ〜れが 魔女っ子のマスコットだっ!」

 怒号を放ったその拍子、妙な力みがこちらの封印へも作用したものか。それとも、馴染みのない種の…異世界の存在の気配が微かにしたのへと、無意識のうちにも攻勢が立ち上がってしまったからか。バランスのいい肢体をビロウドの黒で覆った黒猫…という姿であったはずが、するするとその身が伸びての狩服姿、本来の体型での戦闘態勢へと様変わりしてしまっており。

 「おおお、大人の男の人だったぞ。」
 「ほほぉ。」

 しまったと我に返っての ハッとしたものの、相手の反応がさほどの仰天を含んでいないことの方へこそ気を取られた兵庫であり。

 「しかもこちらさんも結構いい男じゃねぇかよ、真っ黒な長い髪もつやつやで。」
 「……もしかしてサンジ、破れかぶれの自暴自棄状態か?」
 「いい加減、お前らに付き合うのも疲れてな。」

 こちらの“変化
(へんげ)”へもさして驚いていない様子の二人であり。立ち上がったこちらを見上げておいでだった金髪さん。その懐ろから紙巻きたばこを取り出すと、ゆらりと立ち上がりながらその口許を手で覆い、手慣れた様子で手際よく火を点けて。

 「……………あの。」
 「おう。
  あんたが追って来たんだろう、猫で坊やで金髪の兄ちゃんなら、
  今頃ウチの筋肉バカと、ここんちの屋根の上だ。」
 「え? そんな近いのか?」

 と、これはすぐ傍らにいた童顔の少年が、ややもすると呆れながら見上げたのが頭上の天井で。あとで判ったことだが、この家へとご厄介になったのは、この坊主が久蔵をただの仔猫じゃあないと見切ったのが発端だったとか。そんな彼への返事の代わり、肉薄な唇の端へ火のついたままなたばこを引っかけたまま、すいと手を伸ばすと坊主の腕を取り、行くぞと告げて姿を消した。彼もまた、この辺りを足場にしている“大妖狩り”の一人であるらしく、この次界の住人ではないのか、更なる上位軸を経由してという次空転移もこなせるらしい。

 「……ったく。」

 大した練達だとの覚えも新たに、そんな連中へどうやら意味なく喧嘩を吹っかけたらしいお仲間だと思うと、ますますのこと気が重くなった。まさかとは思うが、いやさ思いたくはないのだが、今のお人の消耗振りだと、だんびら抜き放ってという種類の険つき合いへと雪崩れ込んでいる、最悪の状況であるらしく。恐らくは止めに行ったらしい二人を追って、兵庫もまたその姿を宙へと溶け込ませてしまい、誰もいなくなったキッチンには閑とした中へ蝉の声が間延びして響くだけ…………。




   ――― ドガァッッ、ベキバキ・ゴンッ、
       ガチャンバリン、かんからかんかんかん………


  …………………おおう、屋根の上じゃあ大騒ぎじゃん。
(苦笑)






 

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 *全編、兵庫さんのモノローグでお届け致しました。
  こんなに苦労している兵庫さんですのに、
  勘兵衛様、あの黒いのって…。
  シチさんが苦手なアレと同じ扱いは可哀想です。

 *そろそろ種明かしをしてもいいだろか。
  コラボになってる向こうのお部屋から、
  ありがたいことにこっちへも来ている人は多かれど、
  こちらからあちらまで覗いて下さるお人は、
  滅多にないと思いますので…少し早いめのネタばらし。

  WJ連載中の『ONE PIECE』からのパラレルストーリー、
  やはり邪妖狩りの皆様が出て来るFTもどきのシリーズとの、
  コラボという格好で、このお話を書かせていただいとります。
  出来るだけ、向こうの設定を浚わなくても判るような、
  そんな仕立てにしたく頑張ってみましたが、
  この後の展開へは、向こうのキャラも当然顔でどかどか出て来ますので、
  そういうのへは何かついて行けないなと思われた方は、
  尻切れトンボですいませんが、
  このお話からは、ここでおサラバということで。

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